帝王学の書「貞観政要」をいまさら読むブログ

上司に勧められて貞観政要を読み、色々調べたこと、考えたことをまとめるブログ

人材育成のポイント 「六正六邪」

 「六正六邪(りくせいりくじゃ)」は、人間には表と裏があることを教える概念である。良い臣下は順に「聖臣」「良臣」「忠臣」「智臣」「貞臣」「直臣」、悪い臣下は「具臣」「諛臣」「奸臣」「讒臣」「賊臣」「亡国の臣」と呼ばれる。

 

 物事の兆しがまだ表れないときに境目を見抜いて、君主を常に安全圏に置くのが「聖臣」。「良臣」は人間の正しい行いに通じていて、非礼にならないよう諫言し、君主の美しい部分を突出させる臣下。どちらも、ほぼスーパーマンに近い存在だ。「忠臣」という言葉は今でもよく使われる。自分は朝早くから夜遅くまで働き、君主には古典を示して励ますタイプである。

 

 四つ目の「智臣」は物事の成否をいち早く察し、人間同士の感情の食い違いを塞いで、君主に憂いを抱かせない臣下。次の「貞臣」は文化や法律を守って仕事に励み、分不相応な高禄を辞退して倹約をする人たち。「直臣」は、国が混乱しても君主にへつらわず、あえて君主の過ちを諌める人たち。いずれも平時にはできそうに思うが、いざ何かあると難しい行いと言えそうだ。

 

 邪の方はどうか。「具臣」は単なる頭数で、官職の禄を貪る輩、「諛臣」はおべっか使い、「奸臣」は心中が陰険邪悪で外向きは小心者。いつも善人や賢人を妬むため、君主の賞罰を当たらなくさせる臣下と、さんざんである。

 

 「讒臣」は、悪巧みをして讒言に及ぶの意だから、せっかくの知恵を自分の非をごまかすために使う臣下を指す。「賊臣」は、主君を利用して、自分の地位や名誉を高めようとする者ども。「亡国の臣」に至っては主君にへつらい、仲間とグルになって主君の目を塞ぐばかりか、主君の悪事を国中に言いふらす部下ということだ。

 

 ポイントは、人には「正邪」の両方が備わっていること。想像力をもう一段階進めて、なるべく「正」が出るように仕向けていくのが「いいリーダー」だということである。

リーダーの条件 『貞観政要』に学ぶ「十思」

 いよいよリーダーが心がけるべき「十思」である。これについては、田口レクチャーがビジネスマン目線で参考にしやすいように、まとめてくれている。長期政権のために組織のトップが気をつけなくてはならないポイントとして、田口氏の解釈が交えられた実践バージョンである。

 

  1. もっともっとと強欲を欲したら、無一文の時を思って感謝の心に切り替えよ
  2. 立派な施設や社屋が欲しくなったら、その投資は人材の確保にまわそうと思え
  3. 順調に進めば進むほど、「謙虚」を自分に言い聞かせよ
  4. 無謀な高望みを持たないためには、常に全社的実力向上を先行すべし
  5. 快楽に遊ぶクセがつきそうならば、もう少し会社を安定させてからと思え
  6. 長い発展を望むなら、全てに始めから終りまで慎重さを失わない
  7. 裸の王様になりたくなければ、こちらから社内外を廻って情報を収集せよ
  8. いわれなき誹謗中傷を受けたくなければ、常に他人には丁寧に対処すべし
  9. 論功行賞を間違えないためには、喜びが去ってから行うべし
  10. 罰を与える時は、怒りが去ってから行うべし

 

 付け加えることはほとんどないと思うが、要は「想像力」を働かせることを強調しているのだろう。組織のトップに想像力があることがわかれば、部下はそれぞれの分を安心して尽くすことができる。

リーダーの条件 「九徳」から「十八不徳」を読む

 「徳」とは「人望」のことだというのが、企業経営者の共通認識であるらしい。人徳がない人はリーダーになれないし、部下はリーダーに人徳を期待する。その定義として有名なのが、『貞観政要』にも『近思録』にも登場する「九徳」である。

 

  1. 寛にして栗(りつ) 寛大だが締まりがある
  2. 柔にして立 柔和だが事が処理できる
  3. ゲンにして恭 真面目だが丁寧でつっけんどんでない
  4. 乱にして敬 事を収める能力があるが慎しみ深い
  5. 擾にして毅 おとなしいが内が強い
  6. 直にして温 正直、率直だが温和
  7. 簡にして廉 おおまかだがしっかりしている
  8. 剛にして塞 剛健だが内も充実
  9. 彊にして義 豪勇だが正しい

 

 七平氏は、これを逆に読む「〜するなかれ」方式を大脳生理学の見地からも勧めている。さて、避けるべきはどうなるか。

 

  1. こせこせうるさいくせに、締まりがない
  2. とげとげしいくせに、事が処理できない
  3. 不真面目なくせに尊大で、つっけんどん
  4. 事を収める能力がないくせに、態度だけは威丈高
  5. 粗暴なくせに気が弱い
  6. 率直にものを言わないくせに、内心は冷酷
  7. 何もかも干渉するくせに、全体がつかめない
  8. 見たところ弱々しく、内も空っぽ
  9. 気が小さいくせに、こそこそ悪事を働く

 

 九徳は相反する言葉の対なので、逆転させると一気に「不徳」は倍になる。リーダーはもとより、同僚にも部下にもいてほしくないタイプぞろいなのは、多分世界共通だろう。

組織論としての『貞観政要』 3.「諫言」と「和」の本質

 殊勝な思いを語る太宗に対して、人の形をした知恵のかたまりである「諌議太夫(現代語なら「諫言部長」というところか)」魏徴は、どう答えたか。

 

 田口レクチャーによれば「古者、聖哲の主は、皆亦近く諸(これ)を身に取る」、出来のいいリーダーは何を見聞きしても自分の身に置き換えて理解するものだ、ということである。逆に言うと、遠い昔話や外国の話、たとえ話だから自分には関係ないとは言わない、とも言える。

 

 山本七平氏の解釈はもうすこし具体的だ。「リーダーが十思で自らを統御し、部下の九徳を弘め、能力のある者を適材適所で任じ、善い者・正しい者の言葉で身を正せば、全員がその能力を喜んで発揮するでしょう」と魏徴はアドバイスしたというのだ。

 

 前者は「言いにくいことを何かにたとえて言う」手法の強調であり、「ノーを言っているのは自分ではなく、歴史だ」ということである。後者は「十思・九徳」というルールにこだわりすぎず、目の前の部下の現実を見極めよ、ということかもしれない。

 

 いずれにせよトップの間違いを指摘する「諫言」は、特にこの時代にあっては死を賭けて行われたことを忘れてはならないだろう。

 

 七平氏は、その逆に「和を乱すまい」という態度が国を滅ぼした例として、東条英機が述べた日米開戦の理由「それでは部下がおさまりません」や、内心では開戦に反対しながら陸海軍の和を保つため「反対」とは言わず「総理一任」と逃げた海軍の態度をあげている。

組織論としての『貞観政要』 2.君道第一

 出口氏は「三鏡」の教えを、トップが意思決定するための心構えとして大切にしている。「銅の鏡」は自分の顔や姿を映して、元気で明るく、楽しそうかどうかを確認できる。「歴史の鏡」を覗けば、世の中の興亡盛衰を知ることができる。人を鏡とすれば、その人を手本として、自分の行いを正すことができる。いずれが欠けても、バランスの良い決断はできないということだろう。

 

 そういう配慮がトップに欠けていると、「鯛は頭から腐る」状態に陥り、組織もボロボロになっていくというのが『貞観政要』のスタンスの根本にある。

 

 田口氏のレクチャーによれば、君主の道とは「生まれてきてよかった」「この国でよかった」と民に思わせることである。逆にトップが民=百姓に痛みを強いることはどうなのかというと、「猶ほ脛(はぎ)を割きて以て腹に啖(くら)はすがごとし」、自分のすねの肉を切って食べているようなものだという。

 

 食べて腹がくちくなった瞬間に両足がなくなり、倒れてしまう。うまいことを言うではないか。さらに、ここから「すねかじり」の言葉が派生したとは、驚くほかない。国の場合は税や兵の負担をどうするかだが、ブラック企業の見分け方やワークライフ・バランスにもつながってきそうだ。「君道」すなわちトップが持つ権力の色合いが組織のあり方を決めていくということだ。

 

 もともと武闘派だった太宗は、自分の「嗜欲」が災いとなることを何よりも恐れた。色と食の欲望を満足させると、心がだんだんたるんでくる。さらに欲望はどんどん拡大していく性格を持っている。政治どころではなくなる。内部からの崩壊の怖さを太宗は思い、「縦逸」(気ままで安逸な行為)を慎むと言っている。

組織論としての『貞観政要』 1.時代背景と盤石の構え

 『貞観政要』は帝王学と言われるだけに、「リーダー、いかにあるべきか」に飛びつきたくなるが、それ以前に「組織論」として読むべきだ、と田口氏は言う。

 

 どうせならもっとカメラを引き、「世界最高のリーダー論」が生まれた「時代背景」まで理解してしまおうというのが、出口本の最大の特徴である。目の前の出来事に対してもぐらたたきのように脊髄反射的になった意識のまま、悠久の「中国の古典」を読んでも、自分ごとにはなりにくい点を緩和してくれる。

 

 中国の歴史は「遊牧民と農耕民の対立の歴史」であることが、まずは基本だ。その中で300年にもわたって中国を支配した唐とは何か。それは、五胡十六国と呼ばれた遊牧民の中で生き残った北魏の分裂後、中国全土を統一した隋を滅ぼした李淵・李世民親子なのである。李世民(太宗)は二代目であるとともに、唐の創建者でもあった。目からウロコである。

 

 そもそも高祖・李淵には4人の息子がいた。李世民次男である。夭折した三男を除く長男と末弟を殺したのは李世民で、「玄武門の変」と呼ばれるクーデターだ。太宗、もともとは武闘派なのである。ますます目からウロコだ。

 

 『貞観政要』の大半は、太宗と四人の側近の対話で構成されている。これは、最初に書かれた名君の条件である「聞く耳」が武闘派の中でどのように磨かれていったか、の事例集とも言えるのだ。

 

 「創業か守成か」では、旧臣と新来の対として扱ったが、房玄齢と杜如晦(とじょかい)は太宗がリーダーになる前からの部下で、魏徴と王珪(おうけい)は玄武門の変では兄の側にいた臣下である。

 

 さらに田口本では、「トップと四天王」という組織のための盤石体制が強調されている。東西南北の四天王がいてこそ、真ん中に「玉」が収まるというわけだ。「4+1」が組織の基本単位。これは、面白い。

「創業と守成」はどちらが難しいか

 出口本のカバー見返しには[『貞観政要』とは]のサマリーがある。

 

──中国史上、もっとも国内が治まった「貞観」(627〜649年)の時代に、ときの皇帝・太宗と臣下たちが行った政治の要諦(政要)がまとめられた書物。日本においては北条政子徳川家康明治天皇も愛読しており、「時代を超えた普遍のリーダーシップ」が凝縮されている。

 

 おお、上司の言葉を裏付ける内容だ。てか、あのヒトもこれを読んだってことかも?

 

 ともあれ、『貞観政要』の最重要テーマは「創業か守成か」という問題であるらしい。ものごとをゼロから始めるのと、築き上げた世界を守り、さらに継承発展させていくことと。七平氏は「創業の苦しみは陽性、守成はそうではない」と言い、田口氏は「創業した第一世代がかえって障害になることもある」と、具体的な難しさにふれている。

 

 原本では、旧臣の房玄齢に「創業」と言わせ、新来の魏徴(ぎちょう)に「継続」の難しさを指摘させている。要するに、創業するには外部的な理由があるが、継続にはそれがない。どうしても怠惰に流れがちだ、というのである。

 

 確かに、二つにはアトサキがついてくるので、単純な比較はできない。そのためかどうか、『貞観政要』ではこの問題をトップに置かず、太宗が群臣に向かって「名君と暗君というのは、どこで違ってくるのか」と質問する場面を置いている。原本著者である呉兢(ごきょう)の編集方針とも言えよう。

 

 答えたのはやはり魏徴で、両者を分けるのは「聞く耳」をもっているかどうかだとズバリ言う。暗君は自分の聞きたいことだけを言ってくれる臣下としか話さないダメなトップと思われがちだが、周りが遠慮して「お耳に入れない」よう忖度する場合も多い。

 

 創業者なら、共に苦労した仲間がダメ出ししてくれるかもしれないが、守成を行う場合はそれもあてにはできない。よほど精力的に情報収集に努めなければ、材料が集まらない。それを「兼聴」という言葉で表し、どんな人からも広く意見を聞き、自分の知らないことを尋ねる姿勢を強調したのだ。

 

 「兼聴」という戦略を実践する上で、最も役に立つ戦術が「諫言」であったのかもしれない。

『貞観政要』のアウトラインを知る5冊

 事業継承のお宝本『貞観政要』を知るために、駅前の書店で何冊かの解説本を見比べてきた。

 

  1. 帝王学貞観政要」の読み方』山本七平日経ビジネス人文庫
  2. 『指導者の帝王学 歴史に学ぶリーダーの条件』山本七平PHP研究所
  3. 『上に立つ者の度量』田口佳史(PHP研究所
  4. 『座右の書「貞観政要」中国古典に学ぶ「世界最高のリーダー論」』出口治明Kadokawa
  5. 貞観政要』湯浅邦弘(角川ソフィア文庫 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典)

 

 1と2の著者、山本七平氏は『「空気」の研究』が有名な保守系の評論家で、70年代に幻の著者によるベストセラーとなった『日本人とユダヤ人イザヤ・ベンダサン(山本書店)は、現在ではほぼこの人の著作とされている。2は日本史上の英雄がどんな戦略を用いたかが中心で、『貞観政要』は人間知と位置付けられている。以前から興味のある著者なので、選んでみた。

 

 3の著者、田口佳史氏は東洋思想研究者で、中国古典を基盤としたリーダー指導により、多くの経営者と政治家を育ててきた人だという。この本は、思いがけず後継者に指名された「社長」が、先年退職された「先輩」を訪ね、『貞観政要』について教えを乞うという仕立てになっていて、分かりやすい。検索すると「10MTVオピニオン」という動画サイトで、貞観政要を解説しているコンテンツがあった。幸先がいい。

 

 4の著者、出口治明氏は日本生命を勤め上げた後にライフネット生命保険を開業。今は会長職について「還暦ベンチャー経営者」と呼ばれている。カバーに「あらゆる組織人が座右に置くべき古典の必読書です」というご本人の言葉がある一方、冒頭では「価値観の押し付けは嫌いだが、この本だけは後継者の岩瀬社長に『読め』と薦めた」とある。二人三脚で『貞観政要』の内容を実践してきたにちがいない。

 

 5は、阪大で中国古代思想史を教える教授が、原書を9つのテーマで再編集したもの。ビギナーズ・クラシックスのシリーズは古典への入り口として定評があるので選んでみた。これで仕込みはバッチリのはず!

部下を持つ人の必読本『貞観政要』

老舗の不思議を考えていたら『貞観政要』を勧められた

 

 長寿大国日本には老舗も多く、百年どころか千年企業の例もある。聖徳太子ゆかりだという金剛組が有名だが、そうだとすると四天王寺建立以来、1500年近い命脈を保っている。その一方、志や必要やらがあって創業されたはずなのに、一代限りで消えていく会社や事業の数は、考えるだけでも恐ろしいほどだ。

 

 一体どういうことなのだろう。時代の波に洗われながら初代から次代へ、またその次へと物事を受け継いでいくには、何か特別な秘法があるのだろうか。実際、会社を起業するためのノウハウをまとめた本は多いが、事業を継承するための知恵が書かれたものは少ないようだ。

 

 継ぐべき事業もなければ、伝えたい志も今のところ思いつきもしない私がそんな話を居酒屋でしていたら、上司が食いついてきた。ぴったりの本がある。幹部研修ではしょっちゅう取り上げられるもので、アサヒビールの画期となった「スーパードライ」の「コク・キレ」もそれに基づいているという。

 

 気持ちよくしゃべる上司から『貞観政要』という本の名前を教えてもらった。「帝王学の書」であり、戦略思考を磨くにはもってこいだという。原書を読まなくても解説本はいっぱい出ているし、レクチャー動画なども多いそうだ。面白いし、乗り掛かった船だ。この機会にいろいろ調べてみることにした。